ヒトリゴト
息子とアニメの話から、ふと考えたこと
先日、小学生の息子と「今どのアニメが一番面白いか」という話になりました。
私は、あのゆったりした空気感の『葬送のフリーレン』が好きなんですけど、息子は『呪術廻戦』のすごさを熱く力説してくれました。
そんな何気ない親子の会話をしながら、ふと考えたことがあります。
「人は何をきっかけに、何かを好きになったり、美しいと感じたりするようになるんだろう」
私は名古屋の出身なのですが、子供の頃の遊び場といえば、豊かな自然というよりは、高架下のコンクリートの壁や、マンションの隙間にある空き地でした。
大人になって建築の仕事をするようになり、自分が惹かれるものを見つめ直してみると、きれいに整った既製品よりも、コンクリートのひび割れた質感や、ちょっと無骨な木の仕上げに心が動くことに気づきました。
これってきっと、子供の頃に見て、触れて、毎日を過ごした街の風景が、私の感性の根っこにあるからなんだと思います。
そう思うと、子供にとって一番身近な「家の中」が与える影響って、私たちが思っている以上に大きいんじゃないかなと
もちろん「高性能住宅」を造ることは当たり前だと思っています。冬暖かくて夏涼しい、家族が安全に暮らせるというのは、最低限の誠実さだと思っているからです。
でも、数値さえ良ければそれでいい、とはどうしても思えません。
職人が一生懸命に塗った土壁の、ちょっとした凹凸。
年月が経つほどに色が変わっていく、無垢の木の手触り。
夕方、光が差し込んだ時の部屋の陰影。
こういう「本物」の質感に毎日触れて育つことは、言葉で教えるよりもずっと深く、子供たちの感性を豊かにしてくれる気がしています。
家は、ただ雨風をしのげればいい「箱」ではありません。 何十年か経って、息子が大人になった時。
ふとした瞬間に、実家の壁の感触や、柱につけてしまった傷を思い出して、「あの空間、なんか良かったな」と心が温かくなる。
便利さや効率も大事ですが、もっと根っこのところにある、大切なもの。
カモノハシコウムテンは、そんな想いを一棟一棟に込めて、これからも丁寧に向き合っていきたいと思っています。
皆さんがお子様に「残してあげたい風景」は、どんなものですか? そんなお話を、またゆっくり聞かせていただけたら嬉しいです。
まめまめしい人
先日、ある小説を読んでいて「まめまめしい人」という表現に出会いました。
実を言うと、私はこれまでこの言葉に少しだけ「器用で世渡り上手な、どこか打算的な人」というネガティブなイメージを抱いていました。「自分はそんなにマメじゃないから」という、一種の嫉妬もあったのかもしれません。
しかし、気になって改めて調べてみると
「まめまめしい」は「忠実忠実しい」と書く
この言葉の漢字は、「忠実忠実しい」と書くのだそうです。 そこに含まれる意味は、単に「こまごまと動く」ということだけではありませんでした。
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律儀であること
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誠実であること
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献身的であること
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そして、本気で相手に尽くすこと
つまり、小手先のテクニックではなく、その人の「誠実さ」や「真面目な姿勢」そのものを指す言葉だったのです。
家づくりこそ「忠実(まめ)」でありたい
思えば、家づくりにおいて最も大切なのは、この「まめまめしさ」ではないでしょうか。
華やかなデザインや最新の設備、それ以上に重要なのは、住む人のこれからの人生に対してどれだけ「忠実(まめ)」に向き合えるか。見えない構造の部分や、住んの暮らしの細かな変化に、どれだけ「献身的」であれるか。
「世渡り上手」である必要はありません。 ただ、一軒一軒の家、一人ひとりのお施主様に対して、「律儀に、誠実に、本気で尽くす」。
そんな「まめまめしい人」でありたい。
のび太君の試行錯誤
こんにちは、一宮市のカモノハシコウムテンです。
我が家ではダイニングテーブルが息子の勉強机になっています。 先日、そこに一冊のドラえもんの本が置いてありました。のび太君が出木杉君との「一日の過ごし方」の違いに衝撃を受け、ドラえもんの道具を借りて試行錯誤しながら、なんとか彼に近づこうと奮闘するお話です。
のび太君らしい人間味あふれる姿に思わず微笑んでしまいましたが、ふと「自分で学ぶことの大切さ、息子に伝わったかな?」と考えさせられました。
実はこの「学び」、私たち建築の世界においても非常に深い意味を持っていると思います。
先日、大学院時代の設計士の同級生がブログで、「周りの建築関係者が、忙しさを言い訳に全く学ばない」と愚痴をこぼしていました。
私自身、現在は町内会の公民館改修工事のアドバイザーを務めており、先日も建築会社3社の方とお話しする機会がありました。そこで感じたのは、同級生の言う通りの「あまりにも大きなギャップ」です。
私の周りは、社会人になってから大学院へ行くような、探究心の強いニッチな(笑)人ばかり。常に最新の技術や歴史的建築のあり方を研究し、日夜「良い建築とは何か」を追い求めています。
それが当たり前の環境に身を置いてきた私にとって、現場の最前線にいるはずの会社が「学ぶ姿勢」を忘れてしまっている現実は、正直に言って驚きであり、ショックでもありました。
これほどまでにプロの間で知識や意識の差があるのなら、家を建てようとしているお客様は、一体何を基準に選べばいいのか……。建築会社探しの大変さを、改めて痛感しています。
お宅ご訪問
引き渡した家に再び伺うのは、私にとって何より幸せな時間です。
先日は「兼平町の家」に、大学院時代の友人で広島の「プレゼントデザイン」をされている川端さんと一緒に伺いました。お客さまが川端さんのメルマガを読まれていたご縁から、お誘いいただいての訪問でした。
また「西上免の家」へは撮影のために伺いました。
どちらのお宅でも、子どもたちの笑い声と、ご主人が淹れてくださった美味しいコーヒーに包まれ、心温まるひとときを過ごすことができました。
設計から大工工事まで最後まで携わっていると、つい自分の家のように感じてしまうものです。だからこそ、自分が手掛けた家でご家族が楽しそうに暮らされている姿を見るのは、本当に嬉しいことです。
暮らしの気配が家全体に満ちていて、あらためて「人が住むことで家はこんなにも変わるのか」と実感します。こうした感覚を味わえるのも、設計から施工まで一貫して家づくりを任せていただいているからこそであり、心から感謝しています。
家造りは楽しい
先日、scoopさんで「Stool 60」を購入しました。
おまけのお皿や、緩衝材として入っていたポスターなど、開封の瞬間からワクワクが止まりません。
「きっとここで働く人たちは楽しそうに仕事をしているんだろうな」という空気まで伝わってきます。
そんな出来事の少し後、妻の友人が関西から遊びに来てくれました。
今年、建築学科に入学した息子さんも一緒で、建築の話をキラキラした目で聞いてくれる姿がとても印象的。
家づくりが大好きな私にとっても、本当に楽しい時間になりました。
改めて思うのは、好きなことを仕事にできる幸せ。
こんなに楽しい建築の仕事ですが、「建築が好き」でやっている工務店には、なかなか出会えません。
だからこそ、同じように家づくりが好きな工務店の仲間と出会えると、とてもうれしくなります。
その工務店が本当に楽しんで家づくりをしているか。
そして、お施主さんも一緒に楽しんで家づくりをしてくれるか。
そんな人たちとなら、いい家ができる予感しかしません。
きっとそれが、いい家を建てるための近道だと思います。



