ヒトリゴト
隠れてしまうからこそ美しく。構造現場見学会は「美しさのおすそ分け」
構造現場見学会は、工務店の確かな技術力や気密性、そして職人の手仕事による「隠れてしまう下地の美しさ」をおすそ分けする場だとぼくは思っています。
カモノハシコウムテンでは、良い家づくりには美しい構造下地が不可欠であると考えています。ぼくが現場での打ち合わせを密に行うのも、この美しい下地をお客さんと一緒に楽しみたい、という理由があるからかもしれません。(実際は、主に僕がニヤニヤしながら見惚れているだけかもしれませんが)
現場は日々進んでいく「生き物」だからこそ、その時々にしか見られない特別な価値があります。私たちの誇る構造美を実際に見てみたい方は、いつでもウェルカムですので、どうぞお気軽にご連絡ください。
古民家改修の物件、工務店視察会を開催しました
愛知県一宮市を中心に注文住宅の新築・リノベーション、店舗の設計と施工を担うアーキテクトビルダーカモノハシコウムテン加藤氏の友人射場です。
わたしは全国の工務店とお付き合いがあり、いつもカモノハシコウムテン加藤氏には工務店に対しての「先生」をしていただいているのですが、4月お引渡し前の物件にて工務店を対象とした視察会を開催させていただきました。今回も愛知・岐阜・三重の東海三県からだけではなく大阪、滋賀という遠くからもたくさんの工務店・設計事務所の方にお越しいただきました。その数なんと約40名。
カモノハシコウムテンの視察会は人気企画でして告知をして当日予約枠が埋まり、急遽参加枠を増やした次第です。また、今回は「古民家改修」ということもあり、「カモノハシコウムテンが古民家改修を手掛けるとどうなるんだろう?」ということも家づくりのプロたちは気になったのだと思います。
住宅づくりのプロたちがこれからの自社の住宅レベルを向上させるために加藤氏の話を真剣に聞いています。この日はお施主様もお越しいただき、お施主様自らがおうちの話もしてくださいました。
古民家改修はただ「家を快適にする」だけではなく、耐震性や断熱性も向上させていくというかなり高度な知識と技術が要されます。そして一番大切なことは「100年前の大工との対話」をしながら手を加えていく必要があるということ。これは「大工の知見がある建築家」しかできない仕事です。正直壊して新築を建て直したほうが手間はかからないのかと思います。今回の物件もカモノハシコウムテンでは「使われている木材を洗浄して違う場所に活かす」や「既存の戸に木を加えて高さを増し使いやすくする」という工夫が髄所になされていました。ただ、これも「住まい手の想い」を大切にするからこそ。
「効率」や「損得」はもちろん大切ですが、我々は人間です。「想い」や「願い」といった「見えないこと」も大切にしていきたい、そうすることが人生の豊かさに繋がっていくのかもしれません。今回わたしはお施主様がとても羨ましかったです。なぜなら「おじいちゃんの家に住みたい」と言ったお施主様の想いを叶えるために加藤氏はいろんな古民家や歴史ある建物を見に行き学んでいました。「旅行」ではなく本当に「学ぶため」お施主様以上にこの物件をよりよく残せるために労を惜しまず今回のお仕事に向き合っている姿はプロとして、そして何より人としてとても美しく、「こんな人に自分の家を手掛けてほしい」と心から思いました。
カモノハシコウムテンの家は一般の方が見ると「魂を揺さぶられる」と言っても大袈裟ではないかと思います。そしてプロが見ると「自信を無くす」かと思います。実際に今回参加された工務店のほとんどが「自分はカモノハシコウムテンに比べたらまだまだだ」と言っていました。その空気感、素材感、デザインは実際に観ないとわからないかと思います。おそらく次回は8月?には見学できる現場があります。それまでにも建築中の現場を観ることもできるかと思いますので、是非みなさん生きているうちに一度はカモノハシコウムテンの家を観てみてください。きっと価値観が変わりますよ。
改めまして、今回も多くの工務店に講師をして余すことなく自社のノウハウを教えてくださった加藤氏、ご協力いただいたお施主様、そして参加いただいた工務店のみなさん本当に有難うございました。
20年の大工人生がくれた『ご褒美』
庭山さん、ドムスさんからのご紹介で、築120年の古民家に出会った。
このような建築を前にした時、私たちのような大工工務店であれば誰もが、「次の世代へ、正しい形でこの建築の価値を残したい」と強く願うはずだ。 ただ、よくある古民家カフェ風に、見た目だけを綺麗にする表面的な改修では意味がない。日々を営む「住宅」である以上、温熱環境や構造から根本的に見直す本物の改修をしなければ、やる価値がないと考えている。
その確固たる基準を持つため、まずは桃李舎さんに「限界耐力計算」を依頼し、構造の安全性を数値として徹底的に担保することからスタートした。
解体工事も、重機で一気に壊すようなことはしない。 120年間この家を支えてきた部材に敬意を払い、すべて職人の手による「手壊し」で行った。
今回の現場は、あらためて「職人の手助けがあってこそ、本物の家造りができる」という事実を再認識させてくれる場となった。
現代ではめっきり減ってしまった、竹を組み、泥を塗り重ねる伝統的な「土壁施工」。 こうした残すべき伝統技術を次の世代へ継承していくことも、私たち大工工務店の重要な使命だと確信している。
ただし、古民家改修において「伝統の継承」だけで終わってしまっては、本当の意味で住み継がれる家にはならない。現代の暮らしに耐えうる「確かな耐震性」と、快適に暮らすための「圧倒的な温熱性能(気密・断熱)」を高い基準で両立させることが不可欠だ。
古民家改修は、決して簡単な工事ではない。 新築以上の手間、職人の高い技術、そして相応の予算が必要になる。
だからこそ、このプロジェクトを成し遂げるためには、私たち工務店の覚悟だけでなく、「この歴史ある家を、何としても残して住み継ぐのだ」というお施主様の強い意気込みと、深い信頼関係が不可欠であると思う。
お施主様の揺るぎない想いと、それに応えた職人たちのこだわり。 すべてが噛み合って、この家はまた次の100年を生きる命を宿した。
正直、本当に大変な現場だった。しかし、大工を20年続けてきたことへの「ご褒美」として、このプロジェクトをやらせてもらったのだと、今ひしひしと感じている。
この残すべき建築に命を吹き込めたのは、お施主様の覚悟と、力を尽くしてくれたすべての職人さんたちのおかげだ。
関わってくれたすべての人たちに、心から感謝したい。 この経験を大きな糧にして、これからもブレずに、本物の家造りと真摯に向き合っていきたい。
3mのテーブル、息子のマイクラ、そして靴を磨く時間。
突然ですが、みなさんには「これをしている時は、なぜかものスゴく集中できる」という時間はありますか?
村上春樹の小説に出てくる主人公は、よく「シャツにアイロンをかけるとき」に深く集中していますが、私にとってそれは「靴を磨いている時間」だったりします。無心で手を動かしていると、不思議と頭の中が静かになっていく、あの感覚がとても好きです。
空間づくりにおいても、この「集中できる状態」をいかに生み出すかは、いつも自分の中で大切なテーマになっています。
3mのダイニングテーブルと、息子のマイクラ
我が家には小学校高学年の息子がいます。 普段はリビングにある3メートルの大きなダイニングテーブルで宿題をしているのですが……これがなかなか一筋縄ではいきません。宿題を始めたかと思いきや、気づけば手元のタブレットで大好きな「マインクラフト」のYouTube動画をじーっと見つめている。そんな姿を日々目撃しています(笑)。
「うちの子、全然集中力がなくて……」と奥さんと苦笑いすることもあるのですが、実はこれ、子どもの根気だけの問題ではなく、空間のつくり方で解決できる部分が多分にあると思うのです。
在宅ワークが増えたり、リビング学習が主流になった今、家の中で「集中したい時間」をどうつくるか。そんな空間のあり方を、私は現場でも日々考えています。
家づくりにおいて、私が大切にしているポイントは大きく3つあります。
1. 「適度な」おこもり感
完全に閉ざされた個室にこもるよりも、家族の気配がなんとなく感じられる場所のほうが、心理的に安心して集中しやすくなります。 ただ、我が家の3mのテーブルのように完全にオープンすぎると、どうしても気が散ってしまいますよね。だからこそ、ダイニングの一角に、パーテーションのように視線をゆるやかに遮るお気に入りのスペース(半個室やヌックのような空間)を少し作ってあげる。それだけで、驚くほど作業に没頭できるようになります。
2. 「誘惑」を視界から消すレイアウト
人間、見たいものが目に入る場所にあれば、大人だって誘惑に負けます(笑)。 デスクに座ったとき、テレビや楽しそうなガジェット、あるいは片付いていない荷物が目に入ると、集中力は一瞬で削がれてしまいます。宿題や仕事をする時間だけは、座る向きを変えて「視線の先には窓やシンプルな壁しか見えない」という家具の配置・設計をすることがとても効果的です。
3. 「自然の光」とのバランス
そして、何より大切なのが光のコントロールです。 ただ部屋を明るくすればいいというわけではありません。勉強や作業に最適な明かりもあれば、リラックスを促す明かりもある。それらを時間帯や用途に合わせて調光できるようにしつつ、何よりも「自然の光」をどう取り入れるかで、空間の居心地はまったく変わってきます。
図面だけでは見えないものを、現場で検証する
私は設計をする人間であると同時に、大工として毎日現場に足を運びます。
図面上だけで「ここにカウンターを置きましょう、照明はここです」と決めてしまうのは簡単です。しかし、実際の現場では、季節や時間帯によって窓から入る光の入り具合は刻一刻と変化します。暗いところ、明るいところ、刻々と変わる空気感。それを毎日、肌で体感しながら工事を進めています。
うちはテーブルやカウンターを自社で造作(オーダーメイド)するので、工事の途中で現場に立ち、「ここに座ったとき、窓からどんな景色が見えるか?」「この光の入り方なら、集中しやすいか?」をその都度リアルに検証しながら形にしていきます。
「現場で作業をしながら、一番集中できる特等席を検討し、その場でブラッシュアップしていける」
これこそが、自分で設計して自分で木を触る、アーキテクトビルダーとしての私のこだわりであり、一番愉しい仕事のプロセスでもあります。
家族みんながそれぞれの時間を大切にしながら、自分の作業に没頭できる家。 我が家のマイクラ対策(笑)をあれこれと考えつつ、明日も現場で一番心地いい光の入り具合を追いかけたいと思います。
息子とアニメの話から、ふと考えたこと
先日、小学生の息子と「今どのアニメが一番面白いか」という話になりました。
私は、あのゆったりした空気感の『葬送のフリーレン』が好きなんですけど、息子は『呪術廻戦』のすごさを熱く力説してくれました。
そんな何気ない親子の会話をしながら、ふと考えたことがあります。
「人は何をきっかけに、何かを好きになったり、美しいと感じたりするようになるんだろう」
私は名古屋の出身なのですが、子供の頃の遊び場といえば、豊かな自然というよりは、高架下のコンクリートの壁や、マンションの隙間にある空き地でした。
大人になって建築の仕事をするようになり、自分が惹かれるものを見つめ直してみると、きれいに整った既製品よりも、コンクリートのひび割れた質感や、ちょっと無骨な木の仕上げに心が動くことに気づきました。
これってきっと、子供の頃に見て、触れて、毎日を過ごした街の風景が、私の感性の根っこにあるからなんだと思います。
そう思うと、子供にとって一番身近な「家の中」が与える影響って、私たちが思っている以上に大きいんじゃないかなと
もちろん「高性能住宅」を造ることは当たり前だと思っています。冬暖かくて夏涼しい、家族が安全に暮らせるというのは、最低限の誠実さだと思っているからです。
でも、数値さえ良ければそれでいい、とはどうしても思えません。
職人が一生懸命に塗った土壁の、ちょっとした凹凸。
年月が経つほどに色が変わっていく、無垢の木の手触り。
夕方、光が差し込んだ時の部屋の陰影。
こういう「本物」の質感に毎日触れて育つことは、言葉で教えるよりもずっと深く、子供たちの感性を豊かにしてくれる気がしています。
家は、ただ雨風をしのげればいい「箱」ではありません。 何十年か経って、息子が大人になった時。
ふとした瞬間に、実家の壁の感触や、柱につけてしまった傷を思い出して、「あの空間、なんか良かったな」と心が温かくなる。
便利さや効率も大事ですが、もっと根っこのところにある、大切なもの。
カモノハシコウムテンは、そんな想いを一棟一棟に込めて、これからも丁寧に向き合っていきたいと思っています。
皆さんがお子様に「残してあげたい風景」は、どんなものですか? そんなお話を、またゆっくり聞かせていただけたら嬉しいです。
















