ヒトリゴト
3mのテーブル、息子のマイクラ、そして靴を磨く時間。
突然ですが、みなさんには「これをしている時は、なぜかものスゴく集中できる」という時間はありますか?
村上春樹の小説に出てくる主人公は、よく「シャツにアイロンをかけるとき」に深く集中していますが、私にとってそれは「靴を磨いている時間」だったりします。無心で手を動かしていると、不思議と頭の中が静かになっていく、あの感覚がとても好きです。
空間づくりにおいても、この「集中できる状態」をいかに生み出すかは、いつも自分の中で大切なテーマになっています。
3mのダイニングテーブルと、息子のマイクラ
我が家には小学校高学年の息子がいます。 普段はリビングにある3メートルの大きなダイニングテーブルで宿題をしているのですが……これがなかなか一筋縄ではいきません。宿題を始めたかと思いきや、気づけば手元のタブレットで大好きな「マインクラフト」のYouTube動画をじーっと見つめている。そんな姿を日々目撃しています(笑)。
「うちの子、全然集中力がなくて……」と奥さんと苦笑いすることもあるのですが、実はこれ、子どもの根気だけの問題ではなく、空間のつくり方で解決できる部分が多分にあると思うのです。
在宅ワークが増えたり、リビング学習が主流になった今、家の中で「集中したい時間」をどうつくるか。そんな空間のあり方を、私は現場でも日々考えています。
家づくりにおいて、私が大切にしているポイントは大きく3つあります。
1. 「適度な」おこもり感
完全に閉ざされた個室にこもるよりも、家族の気配がなんとなく感じられる場所のほうが、心理的に安心して集中しやすくなります。 ただ、我が家の3mのテーブルのように完全にオープンすぎると、どうしても気が散ってしまいますよね。だからこそ、ダイニングの一角に、パーテーションのように視線をゆるやかに遮るお気に入りのスペース(半個室やヌックのような空間)を少し作ってあげる。それだけで、驚くほど作業に没頭できるようになります。
2. 「誘惑」を視界から消すレイアウト
人間、見たいものが目に入る場所にあれば、大人だって誘惑に負けます(笑)。 デスクに座ったとき、テレビや楽しそうなガジェット、あるいは片付いていない荷物が目に入ると、集中力は一瞬で削がれてしまいます。宿題や仕事をする時間だけは、座る向きを変えて「視線の先には窓やシンプルな壁しか見えない」という家具の配置・設計をすることがとても効果的です。
3. 「自然の光」とのバランス
そして、何より大切なのが光のコントロールです。 ただ部屋を明るくすればいいというわけではありません。勉強や作業に最適な明かりもあれば、リラックスを促す明かりもある。それらを時間帯や用途に合わせて調光できるようにしつつ、何よりも「自然の光」をどう取り入れるかで、空間の居心地はまったく変わってきます。
図面だけでは見えないものを、現場で検証する
私は設計をする人間であると同時に、大工として毎日現場に足を運びます。
図面上だけで「ここにカウンターを置きましょう、照明はここです」と決めてしまうのは簡単です。しかし、実際の現場では、季節や時間帯によって窓から入る光の入り具合は刻一刻と変化します。暗いところ、明るいところ、刻々と変わる空気感。それを毎日、肌で体感しながら工事を進めています。
うちはテーブルやカウンターを自社で造作(オーダーメイド)するので、工事の途中で現場に立ち、「ここに座ったとき、窓からどんな景色が見えるか?」「この光の入り方なら、集中しやすいか?」をその都度リアルに検証しながら形にしていきます。
「現場で作業をしながら、一番集中できる特等席を検討し、その場でブラッシュアップしていける」
これこそが、自分で設計して自分で木を触る、アーキテクトビルダーとしての私のこだわりであり、一番愉しい仕事のプロセスでもあります。
家族みんながそれぞれの時間を大切にしながら、自分の作業に没頭できる家。 我が家のマイクラ対策(笑)をあれこれと考えつつ、明日も現場で一番心地いい光の入り具合を追いかけたいと思います。
息子とアニメの話から、ふと考えたこと
先日、小学生の息子と「今どのアニメが一番面白いか」という話になりました。
私は、あのゆったりした空気感の『葬送のフリーレン』が好きなんですけど、息子は『呪術廻戦』のすごさを熱く力説してくれました。
そんな何気ない親子の会話をしながら、ふと考えたことがあります。
「人は何をきっかけに、何かを好きになったり、美しいと感じたりするようになるんだろう」
私は名古屋の出身なのですが、子供の頃の遊び場といえば、豊かな自然というよりは、高架下のコンクリートの壁や、マンションの隙間にある空き地でした。
大人になって建築の仕事をするようになり、自分が惹かれるものを見つめ直してみると、きれいに整った既製品よりも、コンクリートのひび割れた質感や、ちょっと無骨な木の仕上げに心が動くことに気づきました。
これってきっと、子供の頃に見て、触れて、毎日を過ごした街の風景が、私の感性の根っこにあるからなんだと思います。
そう思うと、子供にとって一番身近な「家の中」が与える影響って、私たちが思っている以上に大きいんじゃないかなと
もちろん「高性能住宅」を造ることは当たり前だと思っています。冬暖かくて夏涼しい、家族が安全に暮らせるというのは、最低限の誠実さだと思っているからです。
でも、数値さえ良ければそれでいい、とはどうしても思えません。
職人が一生懸命に塗った土壁の、ちょっとした凹凸。
年月が経つほどに色が変わっていく、無垢の木の手触り。
夕方、光が差し込んだ時の部屋の陰影。
こういう「本物」の質感に毎日触れて育つことは、言葉で教えるよりもずっと深く、子供たちの感性を豊かにしてくれる気がしています。
家は、ただ雨風をしのげればいい「箱」ではありません。 何十年か経って、息子が大人になった時。
ふとした瞬間に、実家の壁の感触や、柱につけてしまった傷を思い出して、「あの空間、なんか良かったな」と心が温かくなる。
便利さや効率も大事ですが、もっと根っこのところにある、大切なもの。
カモノハシコウムテンは、そんな想いを一棟一棟に込めて、これからも丁寧に向き合っていきたいと思っています。
皆さんがお子様に「残してあげたい風景」は、どんなものですか? そんなお話を、またゆっくり聞かせていただけたら嬉しいです。
まめまめしい人
先日、ある小説を読んでいて「まめまめしい人」という表現に出会いました。
実を言うと、私はこれまでこの言葉に少しだけ「器用で世渡り上手な、どこか打算的な人」というネガティブなイメージを抱いていました。「自分はそんなにマメじゃないから」という、一種の嫉妬もあったのかもしれません。
しかし、気になって改めて調べてみると
「まめまめしい」は「忠実忠実しい」と書く
この言葉の漢字は、「忠実忠実しい」と書くのだそうです。 そこに含まれる意味は、単に「こまごまと動く」ということだけではありませんでした。
-
律儀であること
-
誠実であること
-
献身的であること
-
そして、本気で相手に尽くすこと
つまり、小手先のテクニックではなく、その人の「誠実さ」や「真面目な姿勢」そのものを指す言葉だったのです。
家づくりこそ「忠実(まめ)」でありたい
思えば、家づくりにおいて最も大切なのは、この「まめまめしさ」ではないでしょうか。
華やかなデザインや最新の設備、それ以上に重要なのは、住む人のこれからの人生に対してどれだけ「忠実(まめ)」に向き合えるか。見えない構造の部分や、住んの暮らしの細かな変化に、どれだけ「献身的」であれるか。
「世渡り上手」である必要はありません。 ただ、一軒一軒の家、一人ひとりのお施主様に対して、「律儀に、誠実に、本気で尽くす」。
そんな「まめまめしい人」でありたい。
人見知り
先日、竣工から約2年が経過した兼平町のお宅へ伺ってきました。
外は刺すような寒さの日でしたが、一歩足を踏み入れると室内は「床下エアコン」の効果でポカポカ。薄着でも過ごせるほど快適な空間が広がっていました。
こちらに伺う際の楽しみの一つが、ご主人が淹れてくださるこだわりのコーヒーです。
コーヒーをいただきながら、最近の建築費や金利の上昇など、これからの家づくりを取り巻く現実的なお話もしました。そんな中で、ご主人がふと漏らした言葉がとても印象的でした。
「自分は人見知りだと思っていたけれど、家づくりを通じて『人と深く交流するのが実は好きなんだ』と気づいたんです」
今では、こだわりのコーヒー豆を購入しに行ったり、そのお店の店主と話をしたりする時間もとても楽しいのだそう。家づくりという大きなプロジェクトをやり遂げたことで、新しい世界へ違和感なく踏み出せるようになったというお話は、私にとっても大きな発見でした。
「人見知り」だからこそ、大切にしたいこと
実は、何を隠そう私自身もかなりの人見知りです。
だからこそ、カモノハシ工務店ではお客さまと何度も密に打ち合わせを重ねるスタイルを大切にしています。人見知り同士(?)、お互いの想いをじっくりと通わせるプロセスがあるからこそ、納得のいく「いい家」が完成するのだと信じているからです。
便利な時代だからこそ「手仕事」を
今の時代、AIなど便利な道具はたくさんあります。 しかし、家はどこまでいっても「人の手」で造るもの。現場での細やかな手仕事があって初めて、便利なテクノロジーも活きてきます。
そして何より大切なのは、その手仕事の根底にある**「人と人の繋がり」**です。
兼平町のご家族と過ごした温かい時間は、私にとっても家づくりの原点を再確認させてくれる貴重なひとときとなりました。これからも、一軒一軒の出会いを大切に、心温まる家づくりを続けていきたいと思います。
のび太君の試行錯誤
こんにちは、一宮市のカモノハシコウムテンです。
我が家ではダイニングテーブルが息子の勉強机になっています。 先日、そこに一冊のドラえもんの本が置いてありました。のび太君が出木杉君との「一日の過ごし方」の違いに衝撃を受け、ドラえもんの道具を借りて試行錯誤しながら、なんとか彼に近づこうと奮闘するお話です。
のび太君らしい人間味あふれる姿に思わず微笑んでしまいましたが、ふと「自分で学ぶことの大切さ、息子に伝わったかな?」と考えさせられました。
実はこの「学び」、私たち建築の世界においても非常に深い意味を持っていると思います。
先日、大学院時代の設計士の同級生がブログで、「周りの建築関係者が、忙しさを言い訳に全く学ばない」と愚痴をこぼしていました。
私自身、現在は町内会の公民館改修工事のアドバイザーを務めており、先日も建築会社3社の方とお話しする機会がありました。そこで感じたのは、同級生の言う通りの「あまりにも大きなギャップ」です。
私の周りは、社会人になってから大学院へ行くような、探究心の強いニッチな(笑)人ばかり。常に最新の技術や歴史的建築のあり方を研究し、日夜「良い建築とは何か」を追い求めています。
それが当たり前の環境に身を置いてきた私にとって、現場の最前線にいるはずの会社が「学ぶ姿勢」を忘れてしまっている現実は、正直に言って驚きであり、ショックでもありました。
これほどまでにプロの間で知識や意識の差があるのなら、家を建てようとしているお客様は、一体何を基準に選べばいいのか……。建築会社探しの大変さを、改めて痛感しています。





